神戸地方裁判所 昭和23年(ワ)565号 判決
原告 大塚俊勝
被告 今中善太郎 外五名
一、主 文
被告久保享平、同貴包および同まつゑは原告に対し神戸市生田区加納町三丁目二番地上にある木造トントン板葺平家建家屋一棟建坪一四坪を收去してその敷地約一五坪を明渡さねばならぬ。原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担としその余を被告久保享平、同貴包および同まつゑの連帶負担とする。
本判決は、原告において被告久保享平、同貴包および同まつゑに対し金三〇〇〇円宛の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
二、事 実
一、請求の趣旨
被告今中善太郎は神戸市生田区加納町三丁目二番地上にある木造鉄板葺平家建家屋一棟建坪約一二坪五合を收去してその敷地約一二坪五合を、被告納村禎祐は同所同番地上にある木造亞鉛板葺平家建家屋一棟建坪四坪半同附属木造板葺平家建便所一棟建坪五合を收去してその敷地約五坪を、被告廣島和夫は同所同番地上にある木造鉄板葺平家建家屋一棟建坪約六坪を收去してその敷地約一五坪を、被告久保享平、同貴包、および同まつゑは同所同番地上にある木造トントン板葺平家建家屋一棟建坪一四坪を收去してその敷地約一五坪をそれぞれ原告に明渡さねばならぬ。訴訟費用は被告らの負担とする。この判決は仮に執行することができる。
二、請求の原因
原告は、神戸市生田区加納町三丁目二番地の土地一一九坪五合四勺を所有するものであるが、被告らは原告に対抗し得る何等の権限がないのにかゝわらず、それぞれ請求の趣旨記載の通り家屋を所有してその敷地を占有しているので、その明渡を求める。
三、被告らの答弁に対する陳述
(一) 被告納村がもとその現住家屋の敷地上にあつた石橋所有の罹災建物の二階に居住していたが、右建物が戰災により燒失したこと、原告が永年法曹の一員として法律事務に掌り昭和二十二年二月本件土地に隣接する家屋を買受けこれを弁護士事務所兼住居に使用しており、昭和二十三年五月十八日被告今中、同廣島および久保勝弘が石橋から本件土地をそれぞれ賃借し家屋を建築してこゝに居住し、被告納村が本件地上に家屋を建築して居住していることを承知して本件土地を買受けたこと、および被告久保享平、同貴包および同まつゑが被告ら主張の日死亡した久保勝弘を相続したことはいずれも認めるが、その余の被告ら主張事実を否認する。
(二) (1) 罹災都市借地借家臨時処理法に基く主張に対し、
被告納村につき、
(イ) 被告納村は前記の通り罹災建物の滅失した当時その建物に居住していたとはいえ、賃借人石川の承諾を得ていないのみならず、賃貸人石橋の承諾を得ていないから、適法な建物の借主ではない。從つて、本件土地について賃借の申出をなす資格がない。
(ロ) 仮に適法な建物の借主であるとするも、石橋は正当の理由に基いてその申出を拒絶したから、賃借権は発生していない。
被告廣島につき
(イ) 被告廣島の後記自白の取消に異議がある。
(ロ) 仮に他に優先して本件土地を賃借することができるとしてもその賃貸借について登記のない以上、被告廣島はその賃借権をもつて原告に対抗し得ない。
(2) 賃貸借承継の主張に対し、
(イ) 原告は現住家屋を買受けた後、所有者大平某に対しその敷地の賃借方を申出たがその承諾も得られず、かつ賃借できたとしても、近々施行される都市計画による換地は現在の敷地二〇坪の二割五分減すなわち十五坪にすぎず、家族五人の住居および弁護士事務所の拡張には狹隘であるのみならず、換地により右家屋を移築しなければならぬ状況にあつた。ところが、原告は、その頃偶々石橋からその所有の本件土地を被告らに対し賣却方申出たが拒絶された旨聞知し、かつ本件土地の換地が丁度原告現住家屋の敷地になるとのことなので、換地対策として賃借権の負担のない状態で本件土地を買受けて登記を経た上、被告らに対しこれを賃貸できない旨を通告した。從つて原告は本件土地を被告らに賃貸する意思で買受けたものではないことはもちろんであるから、被告ら(納村を除く)はその所有の家屋の登記およびその敷地の賃借権の登記をしていない以上、石橋に対する賃借権をもつて原告に対抗し得ないものといわねばならぬ。また被告納村は石橋に対しても賃借権を有せず不法に本件土地を占拠しているものであるから、同被告の主張はもとより失当である。
(ロ) 仮に原告が被告ら(納村を除く)と石橋との賃貸借契約を承継したものとするも、右契約は臨時設備その他一時使用のためのものであり入用のときは何時でも返還する約定であつたから、原告は昭和二十三年五月二十四日附書面で被告らに対し賃貸借契約解除の意思表示をなした。仮りにさうでないとすれば本訴において解除する。從つて右被告らの賃借権は消滅している。
(ハ) 仮に被告久保享平、同貴包および同まつゑについて右の主張が理由がないとするも、原告は右被告らの相続による賃借権の承継を承諾しないから、同被告らは原告に対し賃借権を主張し得ない。
(ニ) 仮に右の主張が理由がないとするも、被告久保三名先代勝弘は原告の承諾なく昭和二十四年三月その所有の家屋を中橋初一に轉貸し同人は更に中屋光夫に右家屋を使用させてその敷地である本件土地を使用させているから、本訴において賃貸借契約を解除する。したがつて、被告久保三名はもはや本件土地を使用する権限がない。
(三) 権利濫用の主張に対し、
被告らはいずれも都市計画による換地により更に狹隘なところに家屋を移動させねばならず、その家屋は構造よりするも、原告居住の家屋より容易に移築できるものである。これにひきかえ、原告は前記の通り現住家屋の敷地を所有者大平某から賃借できず、換地も目前に迫つているから辛うじて明渡を猶予して貰つている実状にある。また、右家屋を生かすための換地対策として本件土地を入手するに当つては被告らに対し明渡方の予告はもちろん被告らの蒙るであろう損害を最少限度に食い止めるための指導もした上移轉すべき土地の世話までしようと申出たが、被告らは耳を藉さなかつたものである。しかして、たとえ換地が得られてもそれが狹隘にすぎる場合に換地対策として土地を購入し家屋を移轉せずにすむよう工夫することは法律上はもとより一般常識から考えても許さるべきものである。從つて、双方の事情を対比しても原告の所有権行使は何等常規を逸したものではない。
四、被告の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 原告がその主張の土地を所有していること、および被告らが原告主張の通り右地上にそれぞれ家屋を所有してその敷地を占有していることは認める。
(三) しかしながら、被告らはそれぞれ本件土地につき賃借権を有するものである。けだし、
(1) 被告納村は昭和十八年九月頃現住家屋の敷地上にあつた石川一利が賃借していた石橋尊所有家屋の二階を石川から賃料月二十五円と定めて賃借し石橋の承諾を得た上こゝに居住していたところ、昭和二十年戰災のため右建物が滅失したので、同年十一月頃建物所有の目的でその敷地の使用をはじめ昭和二十二年五、六月頃右土地の所有者石橋に対し建物所有の目的で賃借方申出たから、戰時罹災土地物件令第四條第一、二項、罹災都市借地借家臨時処理法(以下單に臨時処理法という)第二十九條、第三十二條および第二條により現住家屋の敷地について当然賃借権を取得したものである。また、被告廣島は昭和二十一年六月末(昭和二十四年一月二十八日の口頭弁論期日において昭和二十一年七月十五日と述べたのは事実に反し錯誤に基くものであるから取消す)石橋から本建築物の所有以外の目的のため現住建物の敷地(他に賃貸中地上建物の罹災した土地を借り受け、じらい同年九月十五日まではもちろん、その後引続き現在に至るまで使用しているものであり、かつ昭和二十二年六月四日石橋に対し建物所有の目的で引続き賃借方を申出てその承諾を得ているから、戰時罹災土地物件令第四條第四項、臨時処理法第二十九條、第三十二條、第二條により賃借権を取得したものである。從つて、右被告両名は臨時処理法第十條の趣旨からして借地権の登記およびその地上建物の登記なくして昭和二十一年七月一日から五ケ年以内に本件土地の所有権を取得した原告に対し賃借権を主張し得るものである。
(2) 仮りに右の主張が理由なしとするも、原告は被告らと石橋との間の賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継したものである。けだし、被告今中は昭和二十一年十月三十日石橋から現住家屋の敷地十五坪を賃料月三十円と定めて賃借し家屋を建築した上こゝに家族七名とともに居住し、かたわら疊の製造販賣業を営むものであり、被告納村は昭和二十年十二月初石橋から現住建物の敷地十五坪を賃料月二十二円五〇銭と定めて賃借し家屋を建築した上こゝに家族五名とともに居住するものであり、被告廣島は前記の通り昭和二十一年六月末石橋から現住建物の敷地十五坪を賃借し家屋を建築した上こゝに家族一名とともに居住し、かたわら進駐軍傭人として働いているものであり、また被告久保享平、同貴包および同まつゑの先代久保勝弘は昭和二十一年二月石橋から現住家屋の敷地三十坪を賃料月六十円と定めて賃借し家屋を建築した上こゝに家族六名とともに居住するものである。一方、原告は永年法曹の一員として法律事務に携り法律制度ないし現下の住宅事情の下における公共の福祉等について深い理解を有しており、または有しておらねばならぬ筋合である。その原告が昭和二十二年二、三月頃本件土地に隣接する敷地約二〇坪(大平某所有)上の斉藤熊四郎所有の家屋を讓り受けこれを弁護士事務所兼住居に使用しているのであるから、被告らが前記の通り家屋を建築してこゝに居住ないし営業していることを熟知していなかつたとは考えられない。そうだとすると原告が昭和二十三年五月十八日本件土地を買受けたときは、石橋と被告らとの間の前記賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継する意思で買受けたものと解するのがもつとも妥当だからである。しかして、被告久保享平、同貴包および同まつゑは昭和二十四年七月二十三日久保勝弘の死亡により同人を相続したものである。從つて、被告らは右賃借権をもつて原告に対抗し得るものである。
(四) 仮に以上の主張がいずれも理由なしとするも、原告の所有権行使は権利の濫用として許されない。けだし、被告等は戰災により住居を失い復興の意気にもえて本件土地を賃借の上前記の通り家屋を建築しこゝに多数の家族とともに居住し或は営業を営み漸く生活の安定を得た折柄である。しかるに今家屋を收去して本件土地を明渡すとなれば経済的に量り難い損失を蒙るのみならず、他に家屋を移築する土地も所有しておらず、遂に安住の地を失うに至るべき状況にある。加之、戰後罹災都市の復興促進戰災者の保護が國家的喫緊事であることは臨時処理法の精神から明白であるのみならず、現下の極度に拂底せる住宅事情の下においては、原告一個人の利益のため多数の家屋を收去することは社会経済上も重大な損失であるといわねばならぬ。これにひきかえ、原告は隣接地の関係上被告らの前記事情を知悉しながら、その法律知識を引用し被告ら所有の家屋につきその登記およびその敷地の借地権の登記のないのに乘じ本件土地を買受けて被告らに家屋の收去および土地の明渡しを求めるものであり、かつ都市計画による換地について当然使用権を取得し、家屋の移轉については補償を受け得るのみならず、他に神戸市生田区楠町二丁目に五十二坪余の空地を所有しており、本件土地を使用する止むを得ざる必要に迫られているものではない。從つて、経済的弱者である不動産賃借人の生活を犧牲にし社会経済上重大な損失を招來する原告の所有権の利己的実現は、公共の福祉に反し到底許容さるべきものではない。
以上の次第で、原告の請求には應じられない。
<立証省略>
三、理 由
(一) 原告がその主張の土地を所有していること、および被告らが原告主張の通り右地上家屋を所有してその敷地を占有していることは当事者間に爭がない。
(二) そこでまず、被告納村および同廣島が臨時処理法に基いて賃借権を有するか否かについて判断する。
(1) 被告納村が昭和十八年九月頃からその現住家屋の敷地上にあつた石川一利が賃借していた石橋尊所有家屋の二階に居住していたこと、および右家屋が昭和二十年戰災のため燒失したことは当事者間に爭がないところ、証人石川一利同石橋尊の各証言および被告納村本人訊問の結果を綜合すると、被告納村が罹災後土地所有者石橋の行方がわからなかつたので同人に断ることもなく昭和二十年十一月頃右燒跡の一部を敷地として現住家屋(約四坪五合)の建築に着手し、これを完成の上こゝに居住していたことが明かであるから、被告納村は戰時罹災土地物件令第四條第一、二項によりその敷地の使用を始めたとき本建築物所有以外の目的のため賃借権を取得し、その存続期間は臨時処理法の施行により同法第二十九條に基き昭和二十二年九月十四日まで延長されたものであり、また、被告納村が右賃借権の存続期間中である同年五、六月頃石橋に対し建物所有の目的で右敷地の賃借方を申出たことは前記被告納村本人訊問の結果により認めることができる。もつとも、原告は石橋においてこの申出を拒絶したと主張し、この事実は証人石橋の証言により明かであるが(右認定に反する被告納村本人訊問の結果は信用できない)、石橋において被告納村の申出を拒絶するについて正当の事由があることは、原告の立証しないところであるから、右申出後三週間の満了により石橋はその申出を承諾をしたものとみなさるべきものである。しからば、被告納村は臨時処理法第二條により現住家屋の敷地について当然賃借権を取得し、この賃借権は同法第五條により他に特段の合意のないかぎりその存続期間が十年であり、(原告は存続期間を十年未満とする借地條件の合意を主張するがその無効であること右條文の規定上明白である)もとよりその登記または地上建物の登記なくして、昭和二十一年七月一日から五ケ年以内である昭和二十三年五月に本件土地の所有権を收得した原告に主張し得るものである。從つて、被告納村に対する原告の請求は他の爭点の判断をまつまでもなく失当として棄却すべきものとする。
(2) 次に被告廣島はその現住家屋の敷地を賃借したのは昭和二十一年七月十五日であると自認し、原告はこれを援用したところ、その後被告廣島は右賃貸借契約成立の時期を昭和二十一年六月末と訂正したが、右自白が眞実に反することは、被告廣島本人訊問の結果により眞正に成立したと認める甲第十号証、証人石橋の証言に対比して信用できない被告廣島本人訊問の結果を措いて他にこれを認めるに足る資料がないから、右自白の取消は許されない。しからば、被告廣島は昭和二十一年七月十五日本件土地を賃借した以上戰時罹災土地物件令第四條第四項および臨時処理法第二十九條、第三十二條、第二條を援用する同被告の主張は、他の点について判断するまでもなく失当である。
(三) 次に被告今中、同廣島、同久保享平、同貴包および同まつゑ(以下單に被告らという)は原告が本件土地の前所有者石橋の賃貸人の地位を承継したと主張するが、後記認定の通り原告は本件土地を買受けるに際し被告らに対しこれを賃貸する意思を全く有しなかつたことが明白であるから、被告ら主張の状況事実のみをもつてしては直ちに右主張を肯認し得ない。
(四) そこで進んで被告らの権利濫用の主張について判断する。証人石橋尊の証言、被告今中、同廣島、および同久保まつゑの各本人訊問の結果に、成立に爭のない乙第三号証の一、二、乙第五、第七、および第八号証、当裁判所が眞正に成立したと認める乙第一号証の一、二、乙第三号の二、三、および乙第四号証の一ないし四を綜合すると、被告今中は昭和二十一年十一月頃石橋から現住家屋の敷地十五坪を賃料月三十円と定めて賃借し家屋を建築した上こゝに家族七名とともに居住し、かたわら疊の製造販賣業を営んでいること、被告廣島は前記の通り昭和二十一年七月十五日石橋から現住家屋の敷地十五坪を賃借し家屋を建築した上こゝに家族一名とともに居住し、かたわら進駐軍傭人として働いていること、被告久保享平、同貴包および同まつゑの先代久保勝弘は昭和二十一年二月石橋から現住家屋の敷地三十坪を賃料月六十円と定めて賃借し家屋を建築した上こゝに家族六名とともに居住していたこと、および右賃貸借契約において、石橋はそれぞれ右地上に建物の所有を許與したことを認めることができ、その建物の種類および構造を定めたことは信用できない。右証人石橋の証言の一部を措いて他にこれを認めるに足る資料がないから、借地法によりその借地権は堅固な建物以外の建物の所有を目的とするものとみなすべく、從つてその存続期間は三十年を限度として建物の朽廃するまでであると解ずべく、これに反する契約條件であつて借地権者に不利なものはこれを定めなかつたものとみなされる。ところが、原告本人訊問の結果および弁論の全趣旨によれば、被告らは右賃借権の登記はもとより、地上家屋の登記もしていないことが明白であるから、被告らはその賃借権をもつて、本件土地について新に所有権を正当に取得したものに対し対抗できないものであり、これがため蒙る通常の損害は甘受しなければならず、その損害の甚大であるとの一事により、原告の所有権行使が直ちに権利の濫用であると断じ得ないこと原告所論の通りである。然しながら、原告が永年法曹の一員として法律実務に携り昭和二十二年二月本件土地に隣接する敷地(所有者大平某)上の斉藤熊四郎所有の家屋を買受けこれを弁護士事務所兼住居に使用していること、從つて、原告が隣接地の関係上被告らが前認定の通り本件地上に建物を所有し家族とともに居住し、ないしは営業を営んでいることを熟知しながら昭和二十三年五月十八日石橋から本件土地を買受けてその登記をなしたことは当事者間に爭がなく、原告本人訊問の結果および成立に爭のない甲第二、第四、および第五号証の各一、二、によれば、原告が大平某に対し現住家屋の敷地の賃借方申出たがこれを拒絶されたこと、近く施行される都市計画による換地の結果、本件土地が原告現住の敷地になり、本件土地を更地としておけば、原告の右家屋を移築しないですむのみならず、家屋の増築が可能となること、以上の次第で原告は本件土地の購入に際し、登記簿を閲覧し、被告らの賃借権およびその建物の所有権の登記のないことを確認し、これを買取れば法律上被告らを退去させることができると判断してこれを買受け、その直後である昭和二十三年五月二十五日到達の書面で被告らに対し建物收去の上土地の明渡を要求していることが明白であり、しかも一方被告らばいずれも戰災者であり、被告今中および同廣島は他に特段の資産とてはなく本件地上家屋を唯一の根拠として生活し、あるいは営業を営んでいること、これにひきかえ原告は後記判断の通り現住家屋の敷地または換地についてその使用権を取得し、またはこれを償う法律上の方途を有し、建物を換地に移築することとなれば正当の補償を受け得るのみならず、他に神戸市生田区楠町二丁目に五十二坪余の更地を所有していることは前記原告および被告ら本人訊問の結果ならびに成立に爭のない乙第九号証により認めることができる。以上の事実によれば、被告今中および同廣島は戰災後漸く家屋を復興してその生活の安定を得た折柄であり、家屋を收去して土地を明渡すとなれば、精神上はもちろん、個人経済的に量り難い損失を蒙ることは容易に推認できるのみならず、たやすく戰災者をして再びその生活の基盤を奪うのは絶え難いところであり、かつ家屋を收去することは現下の極度に拂底せる住宅事情から社会経済上重大な損失であるといはねばならず、しかもかゝる損失が、法律に明るい原告が全く自己の利益追求のためその知識を利用して隣人である被告らの権利保護の法律上の瑕疵に乘じたことに由來するにおいては、その結果は健全なる社会通念上公共の福祉に反するものとして到底容認できないところである。しからば、原告が本件土地の所有権を取得したからとて、被告らに対しその賃借権および家屋の登記の欠缺を主張するのは甚しく信義則に違背するのみならず、外形上所有権を行使して被告今中および同廣島に対し建物を收去して土地の明渡を求めることも、法が権利を認めた本來の趣旨を著しく逸脱するものであつて権利の濫用に他ならない。もつとも、原告は現住家屋を買受たがその敷地を賃借できなかつたので止むを得ず本件土地を買受けたというのであるが、建物は土地に定着するものであつて建物の買主は苟も建物としてこれを買受け直ちに取毀の上材料を取得する目的でこれを買受けた等特別の事情のない限り、土地を使用せざるを得ないのであるから、建物の賣買は土地の使用に関する契約を当然伴うものであつて、建物の賣主が土地の賃借人である以上、敷地の賃借権の讓渡または轉貸借に関する契約が通常存在する筋合であり、建物の賣主は買主に対し土地所有者の承諾を得る手段を講ずべき義務があると解すべきものである。しからば、本件において原告が現住家屋の敷地を賃借できないとすれば、賣主である斉藤において義務を履行しない結果によるものであつて、斉藤に対しその履行を請求しあるいは契約解除により損害賠償を請求する等その責任を問うは格別、これをもつて原告の所有権行使を正当化し得ないし、若し原告において土地所有者の承諾を得る約旨で建物の賣買がなされたのであればその危險を原告において負担するのもまたやむを得ない結果である。また石橋が被告らに対し予め本件土地の賣却方申込んだが被告らがこれを拒んだことは前掲証人石橋の証言、および被告ら本人訊問の結果により認めることができるが、同証拠によれば、石橋はその價格五十万円以下にはできない旨固持したこと、右價格は当時の時價に比して著しく高價であること、および原告が石橋からこれを買入れた價格は十万円にすぎないことも明かであるから、右拒絶の事実は何等被告らを責むべきものとなし得ない。以上諸般の事情を参酌考量し、健全な権利感覚に訴えれば、被告今中および同廣島に対する原告の請求は、外観の如何にかゝわらず、その実体において保護を與えるべき正当な利益を欠如するから、排斥すべきものである。たゞ、被告久保享平、同貴包および同まつゑ(以下被告久保三名という)に対する原告の請求については、久保勝弘は原告の承諾なく昭和二十四年三月頃その所有家屋を中屋初一に貸與し、同人は更に中屋光夫に右家屋を使用させ、その敷地である本件土地を使用させていること、被告久保三名が昭和二十四年七月二十三日勝弘の死亡によりこれを相続したこと(この点は当事者間に爭がない)および被告久保三名は神戸市生田区中山手通に家屋を所有してこゝに居住し、かたわら久保まつゑにおいて美容院を経営していることが、被告久保まつゑ本人訊問の結果により明白であるから、被告久保三名は、家屋を收去して土地を明渡すことにより経済上損害を蒙るも、それは家屋および土地の賃借権の登記をせず、土地の新所有者に対し賃借権を主張し得ないことによる通常の損害であり、かつ原告において被告久保三名に使用を容認していたとするも、これを解除されてもやむを得ない信頼関係破壞の挙にでたものであると解せられるから、原告の所有権行使を目して権利濫用よばはりできる筋合ではない。しかれば、被告久保三名は、原告に対し、その所有の家屋を收去してその敷地を明渡すべき義務がある。
そこで、被告今中、同納村および同廣島に対する原告の請求は失当として棄却し、被告久保三名に対する原告の請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十三條、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 古川静夫 中島誠二 保津寛)